友の会通信

美術館の舞台裏(40)
今回からは、博物館施設の設計と施工に当ってどのような留意が必要か、ということを指針の示すところから考えていきましょう。

まず建物の設計に当って、建物は耐火、耐震構造であることが求められています。これは今さら言うまでもなく、文化財を収納する施設を設計しようとする場合、必要最低限の条件となるものでしょう。指針ではさらに防水措置の必要性や、収納庫、展示室の外部の環境からの影響を極力受けにくい設計とすることなどが述べられています。

耐火、耐震については、指針はとくに具体的な条件には言及しておりません。ここに条件を詳しく盛り込もうとすると、膨大な条件設定が必要となるからでしょう。建築基準法や消防法など、関連する法律や規制の最低条件を満たさなければならないのは当然のことです。しかし、それ以上、どの程度まで厳しく自ら条件を設定するか、それはすべて建設の当事者や設計者の裁量に任されています。

ここで一つ考えなければならないのは、工芸品や彫刻など、地震による損傷を受けやすい収蔵品を持つ博物館施設の今後の設計のあり方についてです。少なくとも阪神大震災という未曾有の災害を経験して得た実践的知恵によると、この種の博物館施設は高層ビルの上層階に設置するのは避けた方がよいという一つの考えが出て来ます。もちろん阪神大震災の被害を科学的に調査して分析総合して一定の結論を導き出すことも必要でしょう。しかしそれには相当な時間と労力がかかります。人間の知恵というのは直感的に物事の本質をつかみ、一瞬の間に結論を導き出すことがあり、それが時としてしばしば正鵠を得ていることがあるのは、歴史が証明するところです。最新の建築技術では高層ビルになればなるほど柔構造であらねばならず、それはそのまま地震の際の震動幅の大きさに連動します。そうした中でどのように設備に工夫をこらしたところで、展示品が転倒損傷する危険率が低層の建物に比べて高くなるのは目に見えています。現在の指針では、高層ビルの上層階に博物館施設を設置すること自体に、とくに制約は設けておりません。仮に言及するにしても、何階以上、高さ何メートル以上は避けよというような基準を設けることは至難の業です。建設の当事者、設計者の、文化財保護に対する深い認識と現実的な対処の仕方が、この地震国・日本においてどれほど重要な意味を持つものか、改めてしみじみと感じます。

1996年7月25日 大阪市立東洋陶磁美術館
館長 伊藤郁太郎
back