友の会通信

美術館の舞台裏(34)
学芸員については、第32回でふれましたように、日本では毎年のように「学芸員」資格取得者が何千人づつ、あるいはもっと多いかもしれませんが、生まれていきます。しかし欧米の場合、「学芸員」の事情はかなり違っています。

欧米においても、学芸関係の専門職は「学芸員」とよばれています。その国の言葉では「キュレィター(Curator)」、「キーパー(Keeper)」、「コンセルバトール(Conservateur)」など、国や機関が違うと名称も異なりますが、日本語に翻訳してしまえば、「学芸員」であることには違いありません。しかし、日本の場合、学校を出たばかりの経験もない学芸員も「学芸員」ですが、欧米の場合、「キュレィター」の役職は地位が高く、それに伴う豊かな学識と経験があり、大学教授、あるいはそれ以上の社会的評価も与えられています。メトロポリタン美術館や大英博物館、ルーブル美術館のような大美術館でも「キュレィター」に当たる地位の人はそう多くありません。学芸部門に従事する研究職は「キュレィター」を頂点とし、「アシスタント・キュレィター」「アソシエーテッド・キュレィター」「リサーチ・キュレィター」などいくつかの段階があって、最後は「キュレィター」の地位にたどりつき、その「キュレィター」の長が「チーフ・キュレィター」と呼ばれることがあります。従って「キュレィター」を「学芸員」と翻訳するのは妥当ではなく、実質的には「学芸課長」あるいは「学芸部長」とする方が実態に近いでしょう。日本の新参の学芸員が英文の名刺に「キュレィター」と刷りこんでいるのを見て、欧米の人たちはどう受け取っていることでしょうか。

また、欧米の場合、学芸に近い仕事をする人に「コンサーバター(Conservator)」があります。修理も含め、文化財保護の立場から美術品を管理している人たちで、日本にはこうした制度はありません。とくに海外へ美術品を貸し出す場合、コンサーバターの発言力は大きく、キュレィターもしばしば立往生する場面を見受けることがあります。

1995年1月15日 大阪市立東洋陶磁美術館
館長 伊藤郁太郎
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