友の会通信

美術館の舞台裏(3)
美術館の建物の設計に当って、その美術館が展示、保存、調査研究のどの分野に主力を置いているかによって、建物の性格は大きく変わって来ます。当館の場合は展示に重点を置いており、延床面積約2,500平方米の中で2階展示室は約1,015平方米と、約4割を占めています。この展示部分の平面プランを作るに当って、建築家に依頼したことは、「展示ロビー(A)を中心に、朝鮮陶磁部門(B)、中国陶磁部門(C)、企画展示部門(D)がそれぞれ独立しながら、同時に連繋を保つようなプラン」ということでした。当館の敷地は北に河川、南に道路をひかえ、東西に細長く伸びる地形のため制約が多く、結果的には(A)を中心に、(B)と(C)がつながり、(D)は独立して設置せざるを得なくなりました。しかし、展示ロビーを中心に、朝鮮陶磁室へも自由に出入りが出来る、つまり準備された鑑賞ルートと、束縛を受けない鑑賞ルートとが、鑑賞者の自由な意志によって選択できる、そのような平面プランが出来上りました。

準備された鑑賞ルートでは、まず最初に朝鮮陶磁からごらん頂き、中国陶磁は後になっています。これは東アジアの陶磁の源流が中国陶磁であることを考えますと、順序が逆のようにお感じになる方もあるでしょう。しかし、当館では、鑑賞者の心の動きに重点を置きました。つまり、中国陶磁と朝鮮陶磁の持つ性格、雰囲気の相違に留意しますと、個性が強く変化の多い中国陶磁を先に見てしまうと、比較的地味な朝鮮陶磁の印象が薄れてしまうことを怖れたからです。

また、朝鮮陶磁部門では天井高を3,400ミリと低く抑え、室内照明は行っておりません。外界を見慣れた眼で展示室に一歩足を踏み入れると、暗さにとまどいながらも、自然に視線は展示ケースに集中することになります。しかし、それが続くと疲労感が加わりますので、途中の壁にあるスリットから差込む外光でそれを和ませ、また堂島川を見下ろせる小さなロビーでおくつろぎ頂けます。次の中国陶磁展示部門では、天井高を思い切って5,300ミリと高く上げ、間接照明によって部屋全体を明るくしています。陶磁器の回転台が現われ展示に変化をつけるのも、ここからです。自然採光室の天井が低く、室内も暗いのは、その前後の展示室が明るく大きい無機質の空間であることから、自然に御理解頂けることでしょう。疲れない美術館とよく言われるのも、当館が鑑賞者の心理的・肉体的疲労度を考慮に入れた空間プランを採用できたことが役立っているように思います。

1986年12月15日 大阪市立東洋陶磁美術館
館長 伊藤郁太郎
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