友の会通信

美術館の舞台裏(38)
新年おめでとうございます。

年初早々、私事で恐縮ですが、私、旧臘13日、韓国政府から日本人としては6人目の文化勲章(宝冠)を授与されました。「大韓民国憲法の規定により」、閣僚会議を経て大統領が認証するという重々しいものです。韓国の文化勲章には金・銀・宝・玉・花冠の五ランクがあり、1984年の柳宗悦氏、 1994年の旗田巍氏(朝鮮史学の世界的権威)なども宝冠で、両氏とも没後に授与されています。私の受賞理由は、韓国側のプレス用公式資料によりますと「外国の研究者でありながら、我国の文化に深い愛情を持ち、二十数年間にわたって我国の文化遺産の優秀さを世界にひろく知らしめるのに貢献した」とあります。先述の柳・旗田という仰ぎ見るような大先達の偉大なご功績に比べると、私などただただ至らなさに身の縮む思いがいたします。

今回の受賞の意義を私なりに考えますと、第一に、韓国では、日本にある韓国の文化遺産を本国に返還せよ、という一本調子の民族主義的主張が戦後一貫して続けられてきました。それに対して、外国にあっても韓国の文化財がよく保存され、よく紹介されている限り、韓国の国威発揚につながるのだ、という国際性を持った主張もあり、それがようやく認知されはじめたきざしと見ることができるでしょう。これは注目すべき大きな変化と言えます。

第二に、政治レベル、一般の市民感情を問わず、韓国においては、対日感情の激しさは底流として常に強く存在しています。近年はとくに冷えきっており、昨年、日韓国交回復30周年に当りながら日韓ともに何も公式行事が行われなかったことも、そのあかしの一つです。そのような中であえて日本人に、それも上記のような理由で文化勲章を授与するという韓国政府のメッセージを、ただ受け流しておいてよいのか、という思いでいっぱいです。私は、私の個人的問題を離れて、このたびの受賞の意味を、よき隣人であらねばならぬという思いの中で重く苦しく、しかし有難く受け留めたいと考えています。

1996年1月31日 大阪市立東洋陶磁美術館
館長 伊藤郁太郎
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