友の会通信

美術館の舞台裏(37)
私は、平成6年10月から7年5月まで、文化庁の「国指定文化財の公開に関する施設指針検討協力者会議」の委員として、「国指定文化財の公開施設計画指針」の作成に従事しました。長い名前でわかり難いのですが、簡単に言えば、国宝や重要文化財を展示し保管する施設を建設する場合の指針づくり、ということになります。保存科学の専門家2人、博物館関係者3人でその任に当たりました。

この指針は、美術館のハード面を考える上で重要なポイントを指摘するもので、この欄の主題に副うものと考えますので、少し固い話題になりますがしばらくご紹介していきたいと思います。ここでは「文化財公開施設」という言葉を「美術館」と置きかえることとします。

指針はまず、美術館を建設しようと計画する場合、その計画段階から「文化財の展示・保存について経験と知識を有する学芸員」を参画させることが望ましいとしています。よくお役所仕事では、美術館の建設計画が事務的に先行して決まってしまい、建物が完成する間際になって初めて学芸責任者を決める、というようなことを聞くことがあります。とくに1960年代から高度成長の波に乗って日本全国に美術館建設ブームが起り、「美術館でも作ろうか」という「でも美術館」が雨後の筍のように建てられました。これは本末転倒もよいところで、美術館というのは建物さえ建てれば動いていくものだ、と考える短絡思考の典型と言ってよいでしょう。その美術館でどのような物を集め、どのように展示し、どのような運営をするのかについて専門的な立場から責任をもって担当できる人が、美術館の建物についても細部にわたって建築家と直接相談しながら計画を進めていくのでなければ、どうしてよい美術館ができましょうか。

その上、さらにもう一つ問題があります。建築家と相談すべき学芸責任者が、必ずしも建築やデザインのことについて、すぐれた知識と経験を持っているとは限らないことです。自分の専門分野のことしか判らない学芸員の意見は、かえって有害な場合すらあります。「展示・保存について経験と知識を有する」学芸員、と指針の中でわざわざ限定したのは、そのような背景があるからです。

1995年9月25日 大阪市立東洋陶磁美術館
館長 伊藤郁太郎
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