友の会通信

美術館の舞台裏(17)
写真資料は文献資料とともに、美術館の研究活動にとって不可欠な資料であり、また広報活動における重要な資源でもあります。ここでは写真撮影のソフト面について、いくつか問題点をご紹介しましょう。

美術品にはいろいろな種類がありますが、なかでも撮影の難しいものが陶磁器であるとよくいわれます。たとえば絵画なら水平の位置にカメラを構え、画面に均等に光を当てることができたら、撮影の基本的条件はほぼ整えられることになります。彫刻の場合も、撮影位置とライティングによってさまざまな表現が可能となり、それぞれ撮影者の個性を示すことができます。したがって美術品のあるがままの姿を写しとる客観的表現と、ある側面を抽出して強調する主観的表現がはっきり分れるのも、彫刻の写真においてです。

ところが陶磁器、とくに古陶磁の場合は、まず撮影位置の選択一つ取ってもどの部分を正面に据えるかが問題となってきます。正面性をそなえていない作品が多いからです。また物の前方、やや高目の位置から俯瞰ぎみに撮影することが常道ですが、その位置を少しでも誤まると、やきものの微妙な形はたちまちくずれて見えます。さらに陶磁器に対するライティングは、カメラマン泣かせと言われるほど難しいものです。一灯から数灯のライトをどのような位置から物に当てるか、当て方によって光の玉や束が物の美観を損なう邪魔な箇所に入ってきます。それを避けるためもあって最近はストロボ撮影をする人が増えてきましたが、こと陶磁器に限っては、ストロボ撮影は物の味わいを十分に生かさない傾向にあるように私は考えています。

いずれにせよライティングは撮影に当ってもっとも肝心な要素で、一点の撮影に数時間かかることもあり、時間の制約がある場合は困惑します。とくに光沢の強い陶磁器で徳利形のものが難しく、カメラや撮影者の姿まで、物の表面に映しこんでいることがあります。陶磁器の種類では青磁と白磁が難しく、この両者が撮影できればすでに一人前といえるでしょう。

いずれにせよ、陶磁器のもつ美的特質を瞬間的に的確にとらえ、それを撮影条件にす早くとりこむことができる学芸員自身が、撮影技術の習得にはげむことがもっとも望まれるわけです。

1990年7月7日 大阪市立東洋陶磁美術館
館長 伊藤郁太郎
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