友の会通信

高麗青磁の鉄絵と鉄彩展について
昭和62年1月27日付、読売新聞・夕刊紙上に小文が掲載されましたが、読売新聞の御好意により、その転載が許可されましたので、ここに全文を収録し、作品解説を新たに書き加えて補うことといたしました。

「大阪市立東洋陶磁美術館は、開館して4年と2ヵ月、今秋11月に5周年を迎える。この間、年に3回ずつ、企画展を開催してきた。その内容は中国陶磁と朝鮮陶磁が主なものである。とくに朝鮮陶磁については、一貫したシリーズとして展開しており、今回で第9回となる。技法別や器形別にテーマをしぼって、より専門的な理解を深めて頂くためのものである。この朝鮮陶磁シリーズは、館蔵品を中心に、他館や個人所蔵者からお借りして展開している。幸い朝鮮陶磁に関する限り、当館は、世界でも質量ともに第一級といわれる安宅コレクションが母胎になっているので、材料にはこと欠かない。

ところで、1月13日から開催している企画展「高麗青磁の鉄絵と鉄彩」について、その内容と見所を簡単に紹介してみよう。

朝鮮半島で作られたやきもので、世界的に最もよく知られているのは、高麗時代(918-1392)に作られた青磁である。欧米の美術館でも、朝鮮美術工芸のある所、必ず高麗青磁は並べられている。その高麗青磁は、10世紀前半ごろに中国から技術が伝わり、その後もやはり中国の影響を受けながら発展していくが、やがて12世紀には、高麗独自の美感と性格を持つ青磁を作りあげた。

その中心をなすものは、翡色(ひしょく)青磁と、象嵌(ぞうがん)青磁である。翡色青磁とは、ひすいのように美しい色をした青磁であり、象嵌青磁とは、白と黒の土を埋め込んだ文様装飾を持つ青磁である。これ以外にも、高麗青磁にはいろいろな種類がある。鉄絵青磁や鉄彩青磁もその一つで、主力の青磁とは趣を異にして、いずれも装飾の材料として鉄絵具を用いるところが共通している。鉄絵青磁は、青磁のくすりをかける前に、地肌に鉄絵具で文様を描いたものである。筆による絵付け、という点で、ていねいで精緻な文様からラフで大胆な文様まで、かなり幅広い自由な表現が可能となっている。蔓草文梅瓶のように、器形にマッチしたのびやかで骨太な文様には、現代にも通用する新鮮なデザイン感覚がうかがわれる。酒を入れた容器であるが、このような絵付けの面白さが、鉄絵青磁の大きな見所と言えるだろう。35件の出品。

一方、鉄彩青磁の方は、地肌を鉄絵具で塗りつめてから、青磁のくすりをかけて焼きあげたもので、黒く見えるが、黒ぐすりをかけたものではない。白い土を象嵌して、人参葉や雲鶴、柳などを表したものが多いが、精緻というより素朴な文様である。黒一色のしぶい色に白い文様の素朴さが加わって、いかにも日本人好みのする味わい深いやきもので、戦前から声価が高い。きわめて数の少ないものだが、今回は17点もの作例が一堂に並んで、話題を呼んでいる。両種ともに、今まで全く知られなかった全羅南道海南郡の窯でも大量に焼かれていたことが、ごく最近になって分かってきた。鉄絵青磁と鉄彩青磁のほぼ全貌が、この企画展によって捉えられるのである。」

作品解説

1.高麗青磁鉄絵 唐花唐草文梅瓶

この梅瓶は、高麗青磁鉄絵の中でも、比較的早い時期、11世紀末ごろの作例と思われる。肩と胴裾に菊花弁状の装飾帯を廻し、それらに囲まれた胴の全面に、唐花唐草文を描きこんでいる。三つの花芯を持つ花は、菊の花にも似ているが、中国陶磁にしばしば現れるものである。とくに広州西村窯を中心とする中国南部の青磁鉄絵の文様にこれとそっくりなものがあり、数千キロ離れた高麗に、何らかの方法で伝わったものと考えられる。高麗では牡丹文とともに特に好まれたようで、この菊花様唐花文を描いた作例は多く、今回の企画展にも8点、出品されている。同じ菊花様唐花文でも、この梅瓶のそれには、形式化した硬さがなく、生き生きした線の中に、整った感じを備えており、早い時期のものと判断される。青磁の色も、やや黄褐色に近く、中国南部の青磁鉄絵の持つ色調と似たところがあるのも、それを裏づけているようである。名品とは言い難いが、作風の変遷を辿るには、格好の作例である。

2.高麗青磁鉄彩 詩銘入筒形瓶

青磁鉄彩という名称は、技法的な特徴を適確に言い表わしているとは思えないが、それが慣例になっているようなので今回の企画展でも使用した。しかし本来は、「青磁鉄地」とでも言った方が判りやすい。すなわち、鉄絵具を素地に塗りつめ、その上から青磁釉をかけて焼きあげたものである。白象嵌してある作例が多いが、多くの作例を通じて言えることは、一般の象嵌青磁の場合と象嵌のやり方が違うということである。一般には、生乾きのうちに文様の部分を彫りこみ、乾燥した彫り跡に白土や赭土を埋めこんで素焼きをする。しかし、鉄彩青磁の場合は、いったん素焼きをした素地に鉄絵具を塗りつめ、その硬い素地を彫りこんでいくようである。従って、象嵌特有の細かい精緻な細工は不可能で、ぼきぼきと折れるような感じの象嵌になっていることが多い。この瓶は、鉄彩青磁の中でも、他に類がない器形と文様を持っている。詩は「酒為温無毒 茶因冷不香」と読める。他面の詩は「此酒不可不飲 佳人才子利逢」であり、酒器として用いられたことが明らかである。高台底がくり上っており、四つの孔があるのは、ひもを通して吊るすようにしたものであろう。鉄彩青磁の中でも珍品であり、しかも静かな趣きを持つ優品である。

大阪市立東洋陶磁美術館
館長 伊藤郁太郎
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