友の会通信

美術館の舞台裏(41)
美術館の建物の設計に当たって、一般にはあまり知られていない項目について述べていきましょう。

第一に、収蔵庫や展示室の部屋の配置、これを平面プランと呼びますが、複雑な動線を避けなければならないと同時に、段差を避けなければならないことに指針は注意を向けています。とくにディスプレイを重点と考えている空間には、演出効果を高めるために、展示空間と展示空間との間に低い段差を設けていることがありますが、美術館に限って言えばこれは無くてもがな、というよりあれば困るという設計になります。

美術品を展示するに当たっては、収蔵庫やトラックヤードから、美術品を台車に載せて運搬するのが一般的です。従って、そうした台車が円滑に通行できるということが望ましいのです。実際、ある美術館では収蔵庫と展示室の間に、わずか数段の階段があるために台車が使えず、学芸員がどんなに苦労しているか、そういう現実を見ると、段差は決してささいな問題とは言えません。もちろん階と階の間はエレベーターで運搬することになります。いずれにしても、美術品は量がある程度まとまれば、台車に載せて運搬するのが安全のためには必要で、手持ちで移動するのは、単品の場合か、移動の距離がごく短い場合に限られます。

このように美術館の舞台裏に廻ってみると、美術品の運搬、という要素が建物のいろいろなところに張り巡らされていると言っていいでしょう。例えば美術館の出入口の寸法、通路の幅や長さ、曲がり角の数、エレベーターの大きさ、展示空間の高さや荷重などなど、すべて美術品の運搬ということを念頭に入れて設計しなければならないことが判ってくるのです。美術館の業務を熟知した建築家と経験に乏しい建築家とは、その辺で大きく差が出てくることになります。また、学芸員は設計について、十分に建築家と打ち合わせることが求められるのです。

1997年1月25日 大阪市立東洋陶磁美術館
館長 伊藤郁太郎
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