友の会通信

美術館の舞台裏(44)
V小型免震装置の試作品が完成した段階で、ある大手建設会社の振動実験棟において、効果のほどがテストされました。実験棟の一階中央には5m×5mの巨大な振動台があります。この上には30屯の実物大の家屋模型も置くことができます。しかしその日は、当館から持参した高麗青磁の複製品や、免震台メーカーが準備した80センチ高の石膏彫像、鉄の角柱などが、あるものは免震台の上に、あるものは振動台の上に直接置かれました。振動台は、エルセントロ、タフト、八戸、神戸などの過去の大地震の観測データに基く地震波をそっくり、加震機によって大きく再現させることができます。この振動台は浮き基礎で支持されているため、観測している我々には振動が伝わらないはずなのですが、いざ実験が始まりますと、大きな音響とともに前後左右の揺れの大きさに思わず息をのみました。しかし、いろいろな地震波再現の振動が加えられても、免震台の上の陶磁器や彫像、角柱は微動だにせず、その代り、振動台の床に直接置かれた角柱などは高い音をたてて倒れていきました。とくに試みに彫像の足下に一本の煙草が立てて置かれましたが、怒涛のような振動が収まった後もしっかり立っていたのは、信じられないような光景でした。このことだけを取り上げても、採用の結論は直ちに下すことができました。

現在、数多くのメーカーが免震台の製作に踏み切り、それぞれ良い成果を収めているようです。東京国立博物館、MOA美術館、萩の浦上記念館などでも大量に発注したと聞きます。

しかし、免震台という機械や装置に頼るだけでなく、地震に対する心構え、心準備というものを忘れてはならないと思います。たとえば、免震台に置いた美術品は、振動に対しては障害を受けなかったが、展示ケースの上の照明装置や遮光フードが落下して損傷が与えられてしまったとか、免震台の振幅幅を十分見ていなかったために免震台が壁にぶつかり、かえって美術品が転倒してしまったとか、やはり、物を守るには人の眼、人の心が何よりも必要であるように感じます。

1997年11月20日 大阪市立東洋陶磁美術館
館長 伊藤郁太郎
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