友の会通信

美術館の舞台裏(33)
今年の友の会東洋陶磁を訪ねる研修旅行は、スエーデンとフランスとを対象に5月末から6月初めにかけて実施し、22名の会員が参加されました。いずれ友の会だよりでも報告されると思いますが、ここでは研修旅行で私がどのような方針をとっているかについて、研修の一端をご紹介したいと思います。

陶磁器に限らず、美術品を鑑賞したり研究したりする何よりの出発点は、物を見ることにあるのは当然のことでしょう。柳宗悦は、この点について次のように言っています。「見テ知リソ、知リテ、ナ見ソ」。即ち見ることが先行すべきで、知識が先にあってはいけない。換言すれば、予備知識がなくても、美しい物は美しいし、また、知識がなくてはわからないようなものは、美しいとは言えないということでしょう。

こうした意味から、私は研修旅行では説明は従、見るべき物の指摘を主としています。数十点、数百点並べられた物の中から、見るべきものはこれとこれとこれ、と必要最低限の説明を加えながら、兎に角、見ようとする展示室の全体を一巡して廻ることを先行させています。もちろん、その後で関心のある所へ戻って、ゆっくり鑑賞して頂く自由時間を取っていることは言うまでもありません。限られた時間内で、見るべき物を見逃さないで、巨大な美術館内を効率的に廻るためには、この方法が最もよいのではないかと、今のところそう考えています。

もう一つ、海外の大美術館を見るとき、陶磁器だけに限定せず、出来るだけ他の分野のすぐれた美術品も見て頂くように心掛けていることです。ギメ美術館のアフガニスタンやクメールの彫刻、中国の金石、ルーブル美術館のメソポタミアやエジプトの美術、これらの展示室を案内している時の大きな驚きと喜びの声を聞くと、私の狙いが誤っていないことを確信します。何故なら、そこでは私は一切の説明を加えることなく、これとこれとこれ、と見るべき物を指して歩いているだけなのですから。しかし、こうした強い感性的刺激が、やがて人類の文明の起源や、芸術の地域性、時代性、役割、形態、様式などの芸術の本質に関わる問題への知的関心をうながしていくに違いないと思っています。

1994年7月20日 大阪市立東洋陶磁美術館
館長 伊藤郁太郎
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