友の会 コラム
美術館の舞台裏(28)
2月9日から3月21日まで、東京国立博物館で「日本出土の舶載陶磁展」が開催されました。これは昭和50年に開催された「日本出土の中国陶磁展」に続く企画で、陶片を中心とする地味な展覧会でしたが、多くの研究者や愛陶家の注目をひきました。
日本各地の遺跡から、中国陶磁をはじめ朝鮮、ベトナム、タイ、さらには西アジアの陶磁器などが出土し、これらは総称して舶載陶磁と呼ばれています。輸入陶磁という名称を使わないのは必ずしも貿易の形で輸入されたものばかりではないからです。
今回の展覧会は中国陶磁を除く約230件が出品されましたが、その主力を占めるのが朝鮮陶磁です。朝鮮陶磁は早くも紀元前8〜7000年頃の新石器時代の隆起文土器が日本にもたらされ、交流の古さを物語っています。それ以降、17世紀前半ごろまで連綿として日本に伝えられ、各地で出土し、その範囲の広さには驚かされます。例えば、高麗青磁の日本伝世品はきわめて稀ですが、陶片となると出土地は西は沖縄から対馬、壱岐、九州、さらに広島、京都、福井などを経て、東は鎌倉や八王子にまで拡がっています。
李朝陶磁の出土地は高麗青磁より遥かに広くなり、北限は青森や北海道に及んでいます。展覧会の担当者によれば、集荷と返却の費用が予想以上にかかると言っていました。その出土量は貿易品として入った中国陶磁に比べると微々たるものですが、分布の範囲を見るとそれらの地域に拡がっていった背景に思いを廻らさざるを得ません。これらの陶片は陶磁史のみならず、文化史、経済史、対外交流史などの貴重な証言を行っているのです。
出土陶片の研究を通じて、さまざまな問題が提起されました。例えば高麗青磁の編年もその一つで、生産地と消費地における年代の大きな差をどのように解釈するかが問題となって来ます。
これらの陶片が語りかける声はまだ小さく、十分聞き取れませんが、今後さらに調査が進み資料が増加し、体系化されるとともに原産国や中継国と日本との文化と経済の交流の壮大な物語がより明確な形で語られることでしょう。
1993年3月31日 大阪市立東洋陶磁美術館
館長 伊藤郁太郎